• 加藤 淳子

娘の話。

更新日:2020年7月26日

娘は、知的障がいがあります。

阪神淡路大震災のあの日、あの時に525グラムで

生まれました。

今年25歳ですが、生まれた時に助からないか、助かっても重い障害が残るかもしれないと

言われまして、初めての子どもだったので「もう助かってくれれば障害が残ってもいい」

と、お医者さんに懇願いたしました。

また、超未熟児でしたので、長い間自分を責めました。

25年、育ててきて、知的障がいはありますが我が家はそれが当たり前です。

これまで、もちろん色んなことがありました。

どうしても、弱い立場の子どもがいると親は守ろうとします。

学校の先生や、行政の言葉に言われて当然の言葉かもしれないけれど、

傷ついたりしました。

もう少し、配慮が欲しかった・・・と思う事がありました。

(手帳の最後の判定で、障がいの重さが下がり、「娘さんの障がいはもう、良くなるこはありません。」と告げられたことは今でも忘れられない・・・。


障がい者を取り巻く環境は、娘が小さかった頃よりは良くなったと思います。

けれど、娘を通して見る社会はまだまだです。そのように感じる親御さんも多いのではないでしょうか。

娘の世界は小さいです。

出かけたり、買い物をしたり、食事の仕度も、電話に出ることも、ひとりでできません。

でも、せっかく生まれてきたのだから

色んな経験をして、世界を広げてやりたい。

娘が、笑っている顔を見ていたい。


障がい者の方が、社会で自立していけるように。

安心して、親亡き後(最近話題です~)を信頼できる人に託せるように。

障がい者の取り巻く環境を、私自身感じたり、こんな事がありました~。

なんて、書きたいと思います。


よろしくお願いいたします。

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